こんばんわ、
現在3月1日の23時頃、
今日からいよいよ3月が始まります、2018年も残すところあと10ヶ月(*´з`)、
今年も「あっ(*'▽')」っていうまに過ぎていきそうですね、
皆さんが読んでくださる頃にはもう金曜日、今週も早かったですね、
今週はほぼ野磨駅家ネタでいきたいと思います、
梨ケ原落地にあります“野磨駅家”が機能していた時代から時が流れ、
その時代を支配していた権力が衰退していくと駅家はその使用頻度が少なくなり、
陸路を使って都へ足を運んだ要人たちも瀬戸内海を通る海路に移行していったようです。
さらに荒廃がもう一つの大きな要因は大地震だったそうです、
お隣たつのの布勢の駅家では倒壊した建物の瓦がそのまま出土するなど建て替えられた形跡がなかったようです、
荒廃した駅家は今昔物語などで毒蛇が住み着くような物語の舞台になるほどの状態だったのでしょうか、
(毒蛇→大蛇→落地、地名の由来に!?)
いろんな事を教えてくれた落地遺跡野磨駅家見学会、いい勉強をさせていただきました。
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