こんばんわ、
佐用谷の田んぼで工事のような穴を掘っていて、
「この田んぼもじゅるいから暗渠でもいれるんかな?」なんて、
農業目線で視ていたんですが、、、
辻ケ内遺跡という存在がある事も知らなかった、
この場所が駅家(うまや)、今で例えたら空港の税関?新幹線の駅?
太古の昔は移動が歩きか馬に乗って移動してたんだけど、
その中継点、宿泊施設やサービスエリアと表現していいのかなぁ、
まぁそんな感じの海外からの要人や国の要人がこの場所を行き来し泊まったりもしてたっていうことです。
この辺りの小さな字名で「宿」って土地がありますね。
ちょうど一年くらい前だったかな、そしてその前にも何度か、
上郡町梨ケ原地区の“野磨駅家”(やまのうまや)については書いたことがあります、
ブログ読者でなくてもその存在は世間によく知られている存在です。
これで上郡町には2つの駅家跡が存在したことになり、
上郡町が地政学的に古代山陽道の要所だったことが良くわかりますね。
稲みのる田、兵どもが、夢の跡、