こんばんわ、
昨日紹介した‘旧神戸銀行跡’建物の前にある石碑があります、
添付した写真をご覧いただければお分かりになると思いますが、
今でいう道路標識なんでしょうね( ;∀;)
東へは“くらい”“三日月”
西へは“びぜん”、
南へは“たつの”、
北へは“久崎”“佐用”“平福”、
自動車の無い頃、ひとの脚で1日何キロ、何里の道を歩けたんでしょうか、
20~30キロといったところでしょうか(*´ω`)
畿内、播磨から中国、九州までの山陽道、
そしてその山陽道から山陰を結ぶ千種川沿いの街道の出発点として、
その頃にこの地が多くの人で賑わった様子がこの石碑をみるだけで想像できます。
「だからなんなん( `ー´)」
と“なにも頭にない人に”言われればそれまでなのですが、
これも郷土の誇る文化財なのではないか、
“なにかある”(のかどうなのか分からない??)僕にはこの石碑をみるだけで頭の中に創造がうかんでくるのです。